東京地方裁判所 平成11年(ワ)8339号 判決
原告 丸山和也
右訴訟代理人弁護士 辻洋一
被告 谷口玉江
右訴訟代理人弁護士 永石一郎
同 土肥將人
同 渡邉敦子
同 中村知己
主文
一 被告は、原告に対し、三五〇万円及びこれに対する平成九年四月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1(一) 平成九年三月四日ころ、被告の夫であった谷口武(以下「武」という。)は被告に対し、武の所有する別紙物件目録一ないし三記載の各土地及び同目録四、五記載の各建物(これらを総合して、以下「本件不動産」という。)を売却することを委任した。
(二) 右委任に基づき、同月二五日、被告は林ミチノ(以下「ミチノ」という。)に対して、本件不動産を代金合計一五〇〇万円で売り渡し、同代金を受領した(以下「本件売買代金」という。)。
(三) 同年四月二三日、本件売買代金のうち三五〇万円について、武は、その被告に対する引渡債権を原告に譲渡し(以下「本件債権譲渡」という。)、同月二九日、その旨を右引渡債権の債務者である被告に対して通知した(以下「本件譲渡通知」という。)。
2(一) 原告は、弁護士であるところ、平成八年九月ころ、武は原告に対して、負債の整理、そのための本件不動産の売却、被告との婚姻関係の解消のための協議、訴外槌家十年子に対する財産の給付などを委任した(以下「本件委任契約」という。)。
(二) 平成九年四月二三日、原告及び武は、本件委任契約の報酬として、武が原告に対して三五〇万円を支払う旨の合意をした(以下「本件報酬合意」という。)。
仮に、本件報酬合意の存在が認められないとしても、本件委任契約に基づく原告の弁護活動に対する報酬は弁護士報酬規則によれば三五〇万円とするのが相当である。
(三) 平成九年一〇月二日、武は死亡し、その配偶者である被告が単独で相続した。
3 よって、原告は被告に対し、本件債権譲渡あるいは本件委任契約に基づく報酬として、三五〇万円及びこれに対する平成九年四月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(一)(二)の事実はいずれも否認する。
なお、武とミチノとの間で本件不動産についての売買契約が成立した事実は認めるが、これは、武本人が行い、本件売買代金も同人が受領したものである。
2 同1(三)のうち、本件譲渡通知が行われた事実は否認し、その余の事実は知らない。
3 同2(一)のうち、原告が弁護士である事実は認め、その余の事実は知らない。
4 同2(二)のうち、本件報酬合意がなされた事実は知らない、原告の弁護活動の報酬を三五〇万円とするのが相当であるとの事実は否認する。
5 同2(三)の事実は認める。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 当事者間に争いのない事実、証拠(甲1ないし7、9ないし22、24ないし28、原告、被告。ただし、被告のうち左記認定事実に反する部分は除く。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 原告は、弁護士である。
2 被告は武の配偶者であるところ、平成九年一〇月二日に武が死亡したことにより、被告が武を単独で相続した。
3 被告の夫である武は、訴外ワールドジョイ株式会社(以下「ワールドジョイ」という。)などに対して、二〇〇〇万円を超える負債を負っていたため、その整理をする必要に迫られていたほか、被告との離婚を望んでいたことなどから、平成八年九月ころ、原告との間で本件委任契約を締結した。
4 平成九年三月二五日現在、武は本件不動産を所有していたが、当時、同不動産には、同年三月六日受付の同月四日売買予約を原因とするミチノに対する所有権移転請求権仮登記が経由されており、その後、同月二六日受付の同月二五日売買を原因とする被告に対する所有権移転登記、平成一〇年三月四日受付の真正な登記名義の回復を登記原因とするミチノに対する所有権移転登記、同年五月二一日受付の同じく真正な登記名義の回復を原因とする谷口順司に対する所有権移転登記、同日受付の同月二〇日解除を原因とする前記ミチノに対する所有権移転請求権仮登記の抹消登記が各経由された。
また、当時、本件不動産には、昭和六三年六月二八日受付(同月一四日設定)の債務者谷口俊夫、根抵当権者環境衛生金融公庫及び国民金融公庫、極度額一三〇〇万円とする根抵当権設定登記、昭和六三年九月五日受付(同日設定)の債務者武、根抵当権者ワールドジョイ、極度額二〇〇〇万円とする根抵当権設定登記及び一部の不動産についての同社を権利者とする条件付賃借権設定仮登記等が経由されていた。
なお、平成九年四月一五日受付で、本件不動産についてなされたワールドジョイを根抵当権者とする右根抵当権についての同月一一日解除を原因とする抹消登記が経由された。
二 請求原因1(本件債権譲渡)について
1 原告は、本件売買契約は、平成九年三月二五日に売主武の代理人である被告とミチノとの間で締結されたものであり、原告は、同年四月二三日に武から本件売買代金のうち三五〇万円の引渡請求権を譲り受けたと主張するのに対し、被告は、武とミチノとの間で本件不動産に関する売買契約が締結された事実は認めるものの、同契約において、被告が武を代理した事実はなく、これは武本人が締結したものであり、その代金も武に支払われたなどと主張するとともに、本件債権譲渡及び本件譲渡通知について、不知あるいは否認する旨の認否をする。
2 そこで検討するに、平成九年一月二〇日当時の武の実印(甲13)と同一の印章によるものと推認される印影のある売買契約書(乙2)、被告の陳述書(乙6)及びその尋問結果によれば、平成九年三月四日付で、売主武、買主ミチノ、売買代金一五〇〇万円とする武所有の本件不動産についての売買契約が締結された事実が認められるが、他方において、同月二五日付の領収書(乙1)によれば、同日付で、本件売買代金一五〇〇万円を武が受領した旨の同人のミチノ宛の領収書が作成されているところ、右領収書に押印された印影は、右売買契約書と同じく、武の実印によって顕出されたものと推認されること、前記認定のとおり、本件不動産について、右売買契約書と同日付の売買予約を原因とするミチノ宛の所有権移転請求権仮登記及びその後の平成一〇年三月四日受付の真正な登記名義の回復を原因とするミチノに対する所有権移転登記が各経由されていること、被告の陳述書(乙6)及びその尋問結果によれば、武らはワールドジョイから厳しい取立を受け、その清算の必要に迫られていたものと認められるところ、平成九年四月一一日付で、同社から一三六三万八五四〇円の領収書が発行され(乙4)、かつ、同社と武の代理人である被告との間で、同日現在、両者の間で債権債務が存在しない旨の債権債務不存在確認書が作成されていること(乙3)、被告の預金口座に平成九年四月一一日付で「ハヤシ ミチノ」名義で本件売買代金と同一金額の一五〇〇万円の振込がなされていること、以上のほか、被告の陳述書(乙6)及びその尋問結果などを総合すると、本件譲渡通知が被告に到達したと原告が主張する平成九年四月二九日に先立つ同月一一日までには、遅くとも、ミチノから被告に対して本件売買代金の全額が支払われ、かつ、同金員をもって、武のワールドジョイに対する債務が弁済されたものであり、右売買代金の受領及びこれによる右債務の弁済について、武は予め同意していたものと推認することができる。
3 これに対し、武名義の平成九年四月二三日付の譲渡通知(甲6の1)は、同日現在、本件売買代金のうちの少なくとも三五〇万円の清算が未了であることを前提とした内容となっているが、ミチノから受領した売買代金によるワールドジョイに対する債務の支払について、事前にこれを被告に委ねていた武は、右譲渡通知を作成した時点において、本件売買代金が既にワールドジョイに対する債務の支払に充てられていたことを知らなかったに過ぎないものと考えることもでき、結局、右譲渡通知の存在をもって、武が被告に対して、本件売買代金の受領及びこれによるワールドジョイに対する債務の弁済を委任した事実についての右推認を覆すことはできない。
その他、被告による右ワールドジョイへの弁済に先立ち、武が、右同意を撤回した旨の主張も、これを窺わせる証拠も認められない。
4 以上によれば、仮に、武と原告との間の本件債権譲渡及び平成九年四月二九日の本件譲渡通知がいずれも認められたとしても、これに先立つ同月一一日の時点において、事前に武が与えていた同意に基づき、本件債権譲渡の対象となる本件売買代金はワールドジョイへの支払に充てられていて、既に消滅していたものというべきである。
5 そうすると、本訴請求のうち、請求原因1に基づく請求は、その他の本件売買契約が原告本人あるいは原告代理人としての被告によって締結されたものであるか、あるいは、本件債権譲渡及び本件譲渡通知が認められるか否かなどの諸点を判断するまでもなく理由がない。
三 請求原因2(本件委任契約による報酬債務)について
1 原告は、武との間で本件委任契約及び本件報酬合意が成立したものであり、仮に、右報酬合意が認められないとしても、原告の行った弁護活動に対する報酬は三五〇万円とするのが相当である旨主張するのに対し、被告は、かかる契約の存在は知らないし、原告は三五〇万円の報酬に見合う業務を行ってはいないなどと主張する。
2 そこで検討するに、本訴において提出されている武の署名又は押印のある書証(甲6の1、6の3、7、8、10ないし12、14、15、25、26)は、いずれも署名の筆跡が類似しているうえ、その名下に押捺された印影も酷似していて、これらの署名あるいは押印が全て偽造されたものであるとは到底考え難いことに加え、被告も右各書証の成立について明示的に争ってはいないことなどからすると、右各書証は、いずれも武が真正に作成したものと認められるところ、右書証のうちの甲6の1、7、10、11、25、26に甲16、17、24、28、原告及び弁論の全趣旨を総合すると、平成八年九月ころ、武は原告との間で本件委任契約を締結して、同年一〇月二日には、原告の報酬については、原則として、三〇〇万円から五〇〇万円の範囲内で、原告の事件の処理状況に応じて定める旨の合意をし、その後、原告は、ワールドジョイとの間での武の債務整理にあたっての交渉や、被告の代理人を通じての離婚の交渉を行い、武の遺言書の作成に関与するなどしたことから、遅くとも、平成九年四月二三日の時点において、原告と武との間で、具体的な原告の報酬を三五〇万円とし、その時点において、武が右報酬を原告に対して支払う旨の本件報酬合意が成立したものと認められる。
3 ところで、本件委任契約に基づいて原告のなした事務は、右に認定したとおりであるが、原告本人尋問の結果によっても、このうちのワールドジョイとの交渉にあたり、原告は、武の借入金について、利息制限法所定の利率に引き直してその超過利息を算出し、これを元本に繰り入れて計算した後の残元金を提示した上で、最終的な支払金額についての交渉を行うなどといった弁護活動を必ずしも十分に行っていたとは認め難いことなどの事実関係を勘案すると、その弁護活動に対する報酬が三五〇万円というのは、いささか高額であるとも考えられるが、他方において、本件全証拠によっても、三五〇万円と合意された報酬が、原告の受託した事務についてのいわゆる成功報酬であったことを推認させるべき事実は認められず、かえって、証拠(甲6の1)などによれば、平成九年四月二三日の時点において、武が原告に対して、三五〇万円の債権の譲渡をしようとしていた事実が認められ(なお、右時点において、右債権が既に消滅していたことは前述のとおりである。)、かつ、その支払について、武が何らかの条件を付したような事実も窺われないことからすると、武は原告との間で本件報酬合意をするにあたり、その時点において、確定的に右報酬を原告に取得させようとしていたものと推認することができ、その他に、右推認を覆すに足りる証拠は認められない。
4 そうすると、本件報酬合意に基づき、武は原告に対して、三五〇万円の支払義務を負っていたところ、武を単独相続した被告は、右支払義務を承継したものというべきである。
四 そこで以上によれば、原告の本訴請求は、被告が本件委任契約に基づく報酬金三五〇万円の支払債務を相続したことに基づく同金員及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 高宮健二)
物件目録
一 所在 大宮市東大宮五丁目
地番 二二番一七
地目 宅地
地積 五七・九九平方メートル
二 所在 大宮市東大宮五丁目
地番 二二番三八
地目 宅地
地積 四五・八五平方メートル
三 所在 大宮市東大宮五丁目
地番 二二番四一
地目 宅地
地積 一一・四四平方メートル
四 所在 大宮市東大宮五丁目二二番地一七
家屋番号 二二番一七
種類 店舗・居宅
構造 木造セメント瓦葺二階建
床面積 一階 二八・九八平方メートル
二階 二四・八四平方メートル
五 所在 大宮市東大宮五丁目二二番地三八
家屋番号 二二番三八
種類 事務所・店舗
構造 鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建
床面積 一階 二七・六四平方メートル
二階 三三・一七平方メートル